9月29日蟹座下弦の月です。下弦は次の新月に向かうまでの整理と浄化のとき。未来にもっと必要なものは?蟹座は日常生活を表すサインですが、生活に新たな方向性を持ち込むような太陽と月のサビアンです。
蟹座下弦の月*太陽のサビアン
新月からは「新しいスタート」。
その新月に向かう前の
下弦の月は
新月からの「新しいスタート」に向けて
今までのことを整理して
新たな「準備」を整えるとき。
今回の蟹座下弦の月の
太陽のサビアンは
蟹座7度
「月明かりの夜の二人の妖精」
というシンボルです。
ちょっと目をつむって
想像してみてください。
今日も一日頑張った!
そんな帰宅途中
空を見上げると
思いのほかキレイなお月さまが。
昔の人は
月でウサギがお餅をついている…
なんて想像したと言いますが…
あなたがもし
月の光に照らされて
実在しないものが
見えるとしたら
何をイメージしますか?
ここでは
「妖精」という可愛い精霊が
登場します。
二人で楽しそうに
ダンスを踊っています。
それは私達が日々過ごしている
「普段のわたし」という顔
の裏に隠された
素直な気持ちの投影かも知れません。
「内にあるもの」から目をそらさない
一つ前のサビアンは
蟹座6度
「巣を作る猟鳥」
というシンボル。
蟹座は
「小さな共同体」を創り
それを守ろうとするサインです。
これまでの生活スタイル
自分の持てる重要なものを
犠牲にしても
家族的な安定した場を創ろうとする。
(松村潔先生「愛蔵版サビアン占星術」)
今回の蟹座7度のシンボルは
そんな6度に対する
「反動」とされます。
本当にこの方向で大丈夫?
もっと必要なものはなかった?
「月」は
気持ちや
感情といった
本能的な心の領域を表す天体です。
空想の中に立ち現れてくる「妖精」は
わたしたちが知らず知らず
心の中に押し込めた
自由でのびのびと
開放的な気分で楽しく時を過ごす
そんな願望を表しているのかもしれません。
安定した生活を手に入れるということは
その反面
何かを失っているということ
であるとも言えます。
そんな「手にしていない何か」が
見えない心のどこかで
うずいてはいないでしょうか。
「安定」という「制約」の中に
自分を置くことでかえって
「そこから抜け出て自由になりたい」…
そんな願望が
どこかに芽生えているかもしれません。
そしてその願望は
「新たな未来」への種
になってゆくのではないでしょうか。
いえ、必ずしも
せっかく手にした
「安定」を手放そう…と
言っているのではありません。
ただ今の生活にどっぷりと浸かり過ぎて
見失ってしまったものはないか?
月の光に照らされた
イメージの産物に目を向けることは
そんな
自分が「見えないところで望んでいること」
に向き合ってゆく…
ことに繋がる
のではないでしょうか?
もし今後の生活を
何の制約もなく
過ごせるとしたら
何を望みますか?
「想像力は創造力」といわれますが
現在私たちの身の回りにあるものは
すべて
誰かの「想像」から生まれた産物と言っても
過言ではありません。
そう考えると
自由で伸び伸びとした
「空想」や「想像」に向き合うことは
私たちが
「新たな未来」
に向けてもっと実現させたいこと
に目を向けることと言えそうです。
遊びをせんとや生まれけん
「遊びをせんとやうまれけん」
という言葉を
どこかで耳にしたことはありませんか
こちらは
平安時代末期に生まれた歌謡集
「梁塵秘抄」(りょうじんひしょう)
の中の一説です。
「梁塵秘抄」とは
優れた歌で家の梁(はり)の上の塵(ちり)も動いた
という故事から
時の法皇が
自分の死後もそんな優れた歌を残したいと考えて
集めた歌集だそう。
遊びをせんとや生れけむ
戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声聞けば
わが身さへこそゆるがるれ
[訳] 遊びをしようとして生まれてきたのであろうか。
あるいは、戯(たわむ)れをしようとして
生まれてきたのであろうか。
無邪気に遊んでいる子供のはしゃぐ声を聞くと、
大人である私の身体までもが、
それにつられて自然と動き出してしまいそうだ。
(「WEBLIO古語事典」さん)
「妖精」たちのダンスは
この歌に歌われている
無邪気なの子どもたちのよう。
子供たちは
「何か」のためでなく
「何かを達成」するためでなく
「何かを手に入れる」ためでなく
ただその「いっとき」を楽しむために
無心で一心に「遊んで」います。
”生まれてきたのであろうか。”
→→そうに違いない
→→いや、そうではない。
どちらの意味にとることもできそうですが
私には前者のように思えます。
子供が一心に遊ぶように
「生きるという旅路」を
ただ愉しむためにここにいる…
とでも伝えているように。
わたしたちも
毎日の生活を営んでゆく中で
そんな「遊びごころ」を
見失わずに過ごしていきたいと
思いませんか?
仏は常にいませども
また同じ「梁塵秘抄」で
もうひとつ有名な唄が次のもの。
仏(ほとけ)は常にいませども
現(うつつ)ならぬぞあはれなる
人の音せぬ暁(あかつき)に
ほのかに夢に見えたまふ
[訳] 仏は常にいらっしゃるけれど、
俗世に住む我々には
現実にそのお姿を見ることができないことが、
しみじみと尊いことだ。
人の寝静まった物音のしない夜明けごろに、
かすかに夢の中に
そのお姿をお現しになることだ。
(「WEBLIO古語事典」さん)
こちらの唄の「ほとけさま」が
「人の落とせぬ暁」に姿を現す…
というのも
このサビアンの
「妖精」のよう。
斎藤ひとりさんは
私たちの中には
「分け御霊(わけみたま)」と言って
大きな存在の一部があると
仰っていますが
人の心にはいつも
そんな風な
「仏性(ぶっしょう)」が
あるのではないかと思います。
そして私たちの近くには
私たちのそうした
「元来の本性」を
見守って下さっている存在も
いるのだと思います。
ご参考
このサビアンの妖精も
そうした私たちを守っている存在
あるいは
私たちの「元来の本性」そのものが
まぼろしのように立ち現れたもの
かも知れません。
私たちの「魂(たましい)」を
嬉しく楽しませる
そんな時間を過ごしていますか
私たちの「仏性」が
本来生きようとする生き方を
忘れてはいませんか…?と。
「遊び」の語源は仏教に由来しており、
本来非常に真剣なものであるという。
遊に戯をつけた「遊戯(ゆげ)」は、
心のままに振舞って
何ものにもとらわれない自由自在な行動、
すなわちさとりの世界に遊ぶ
ことを意味するという。
(統計数理研究所さん)
「イメージ」は「エネルギー」になる
また潜在意識の世界では
「イメージ」するものは引き寄せられる
「願望実現」のために
「イメージ」の力を活用することが
とても重要…
とされています。
私は「イメージ」とは
「こころ」の力で創り出す
「エネルギー」であると思います。
何となく立ち現れた「空想」や「イメージ」は
それが「無心」
→→つまり「遊び」のように
素直な気持ちであればあるほど
つまり
「ああしよう」「こうしたい」
「こうすべき」「しなければ」
という「思い」なく
ただ浮かんだ
純粋な願望であればあるほど
実現する可能性が高くなると思います
(これは実体験からw)
バシャールの言う
「ワクワク」した「楽しむ」気持ち
に近いものと思います。
そうした素直な気持ちが
「思い」や「憶測」や「心配」に
邪魔されないほど
純粋な「エネルギー」として流れてゆき
同じ周波数のものを
引寄せてくるように思います。
ですので
月明かりの下に「妖精」を見るように…
(「そんなバカな」
「そんなもんいるはずないし」
といった「集合意識」に
囚われた「思考」は脇におき)
あなたの内側が映し出すものに
素直に気持ちを向けてみる
フラットな気持ちで
それを眺めてみる…
そうすると
それは
あなたの「未来」に
思いがけない「創造」を生み出し
「変化」をもたらすかもしれません。
「引き寄せの法則」から
このように「心の持ち方」や「感情」が
「引き寄せ力」にも影響を及ぼすということは
良く知られています。
こちらの記事でも詳しくご紹介しました。
その理由としては
「引き寄せの法則」研究所さんが
脳で記憶を司る「海馬(かいば)」と
感情に強い影響を与える「扁桃体(へんとうたい)」が
物理的に近くに存在し、かつ
「扁桃体」が快不快の感情を「海馬」に伝えている
ためではないか、と仰っています。
つまり「記憶」を通して
「無意識への刷り込み」が行われる際に
「感情」が強いほど、
また心地良いほど深く
無意識に記憶される。
→→「引寄せ」のためのプログラミングも
しっかり行われる
ということ。
(自分と他人に影響してしまうカラクリ。「引き寄せの法則」と無意識(潜在意識)
さんより抜粋)
そして「引き寄せ」について
ヒックス夫妻の著書「引き寄せの法則」
をご参考に次のようにまとめておられます。
①問題設定=「すでに願望を実現したかのようにイメージする」
② (設定された「問題」に対し)
「無意識」が「情報収集とプランニング」をし「解決策」を模索してくれる
③ 心地よさが強ければ強いほど、無意識への刷り込みも深くなる
「引き寄せ」を発動するためには
このように
「願望の叶ったじぶん」が感じている「心地良さ」
がとても大切と思います。
ただここでお伝えしたいのは
「遊びをせんとや生まれけん」のような
(先々への思いなど)何もかも手放して
「いまここ」を
純粋に楽しむような
「心地良さ」
もとても大切ではないかということ。
そしてそこから
「じぶん自身の純粋な願望」
に向き合っていくこと
が
新たな未来へのスタート地点になる
と思うのです。
蟹座下弦の月*月のサビアン
ただ注意したいのは
今回の蟹座下弦の月で
実際の月が位置しているサビアンは
天秤座7度
「ヒヨコにエサをやり、鷹から守る女」
というシンボル。
こちらは
いったん「安心」できる環境を手にしたため
それを「揺るぎない」
安定したものとして継続するために
守る意識が過剰となって
外部からの影響を遮断しようとする
シンボルと言われます。
それは蟹座6度の
「猟鳥」が作った「巣」に
固執する姿とも言えそうです。
「未来」を自分の思い描く
「型」にはめ過ぎていないか
その方向にのみ
ヒヨコを育て上げようとしていないか…
安定したものを継続するところにばかり
意識が行き過ぎれば
「妖精」などのヴィジョンも
(それが自分の内側からの真の願望かもしれないのに)
ただの得体の知れないものとして
「外敵」とみなし排除しかねません。
「過去」からの「固定観念」に縛られた
「今」の延長線上の「未来」ではなく
もっと純粋に
自分の内側にある「楽しむこころ」
を引き出して
「遊ぶ」ような素直な気持ちで
思いがけない「未来」へと
飛び込んでみる勇気も必要だよ…
そんな風に語り掛けている
今回の下弦の月なのではないでしょうか
まとめ
① ふとした時に現れるヴィジョンは
あなたの深層心理を映し出す鏡かもしれません。
② いま手にしている「安定」を失いたくないばかりに
「未来」への可能性を狭めてはいませんか?
③ 大丈夫 人生は「ゲーム」のようなもの。
トライ&エラーの精神で「遊び」のように
生きることを楽しむつもりで
あなたの「更なる願望」に向き合ってみましょう
④ もっとイメージを膨らませ
あなたが「望む未来」のヴィジョンを
明確にしてみてくださいね
本日も最後までお読み頂き
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宮代 彩也乃(みやしろあやの)
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